奇跡講座のテキスト。第12章Ⅴ正気のカリキュラム

イエロー!

今日は「奇跡講座 テキスト編」より12-5正気のカリキュラム

強き者たちは攻撃しない。
なぜなら、彼らにはその必要がないからである。
攻撃という考えがあなたの心に侵入可能となる前に、あなたは自分のことを弱いと知覚したはずである。
あなたは自分自身を攻撃し、攻撃に効果があったと信じたからこそ、自分自身を、弱められた者と見ている。
もはや自分自身と兄弟たちを対等の者とは知覚せず、自分のほうが弱いと見なしているため、あなは自分で作り出した状況を「平等化」しようとする。
そのために、あなたは攻撃を用いる。
攻撃が自分自身を弱めることができたと信じているからである。
奇跡講座 テキスト編T-12.V.1より

ある法案が衆議院を通過したそうです。
自分の中では大したことではない感覚があるため、
詳しくは知りませんし、特に知る必要も感じていません。

この本のことが頭に浮かぶので、読もうと思いつつ、
図書館でも人気で、予約を入れる必要があるようで、
結局まだ読まずじまいです。

本は、ナチスによる収容所に監禁されたある精神科医の話です。
牢獄の中で、彼は本当の自由とは何かを知るに至ります。

それは彼の心。

心だけは、どんな状況に置かれようとも、私たち自身のものです。
それが彼が見出した自由。

私たちは自分が弱いものだと知覚しているので、
必ず攻撃対象を見つけ、やっつけようとします。
しかし、本当に強いものは、攻撃する必要はありません。

状況が自分を弱くするのではありません、攻撃してくるのではありません。
私たちが、自分自身で「私は弱い」と決めつけているだけです。

パーサの言葉も思い出しました。
「政治家たちにも役割があるのよ。赦しておやりなさい。」

私たちは与えられた環境の中で、聖霊と共に赦しを行っていくだけです。
くじけそうなときには、聖霊が、そして奇跡講座/コースの真理がサポートしてくれます。
本当に心の平和を求めているならば、心を閉ざすのではなく、心をすべてに開きましょう。

なぁんて(笑)
今日は勝手にこんな言葉が出てきたので、偉そうに書いていますが、
昨日、また帰りの電車で、自分に対して「あちゃー、またやっちまった!」と、
自分の行動を反省するシーンがありました。

椅子取りゲームの場面でやっちゃったのです。
あの一瞬の心の動きをコントロールできたら!と本当に思います。
事後で、とか、少し考えて赦したり、実践することはできるようになってきましたが、
その瞬間に適用するというのが、まだまだ難しい。

一昨日の言葉をまた思い出します。
兄弟の要求に対して拒むことが、空想の世界を現実化させている。

今日はリアルに生きられますように。

あなたの学びの可能性は、正しく理解されるなら限界がない。
それはあなたを神へと導くものだからである。
神への道を知り、それを学ぶための神のカリキュラムを理解している教師に従うなら、あなたは神への道を教えることができ、それを学ぶことができる。
このカリキュラムにはまったく曖昧なところはない。
なぜなら、そのゴールは分割されておらず、その手段と目的が完全に整合しているからである。
あなたはただそれに専心すればよい。
他の一切は、あなたに与えられる。
奇跡講座 テキスト編T-12.V.9より

ただ専心することができますように。
ただそれだけで私たちが満足できますように。
今日も一日を聖霊と共に過ごしましょう。

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