奇跡講座のテキスト。第11章Ⅱ癒しへの招待

紅葉進行中

今日は「奇跡講座 テキスト編」より11-2癒しへの招待

いつもどおり、朝ぐずぐずしてしまい、書くことができませんでした。
明日は「11-3光から闇へ」を読むけど、書くのは「11-2癒しへの招待」にして、
週末に1日に2個投稿しようかなぁ~なんて思ってみましたが、
やっぱり週末になったら「ムリムリ!」と思うに違いありません。
今朝、沢山寝た分、今夜の睡眠時間を少し削ることにしました。

聖霊は、歓迎しない接待主に語ることはできない。
なぜなら、語りかけてもその人には聞こえないからである。
永遠の賓客は今もとどまるが、その声は異邦人たちの間では次第にか細くなっていく。
彼はあなたからの保護を必要としている。
その理由は単に、あなたからの接待はあなたが彼を望んでいることのしるしだからである。
ほんのかすかにでも聖霊のように考えなさい。
そうすれば、その小さな閃光があなたの心を満たすまばゆい光となって、精霊があなたの唯一の賓客となるだろう。
奇跡講座 テキスト編T-11.II.5より

先ほど、聖霊について考えていました。
私は朝起きてから比較的早い時間に奇跡講座テキスト編の今日のセクションを読み、
通勤電車の中で読み、
会社に着いてから少しの時間を割いてまた読んでいます。
仕事中には読みませんが、帰りの通勤電車でまた読んでいます。

考えてみると、平日は一日4回も同じセクションを読んでいるのです。
しかし、それでも日中は聖霊のことを忘れている場合が多いです。
今日も日中は殆ど忘れていました。

「ほんの少しの意欲が必要」と、
奇跡講座/コースでは頻繁に書かれていますが、
私には意欲がないのでしょうか。
もしくは、ほんの少しにとどかないレベルの意欲なのでしょうか。
ほんのかすかにでも聖霊のように考えたいです。

でもきっと、こんな状況でも、
数ヶ月前よりは聖霊と共に過ごしている時間が長くなっていると思います。

私のような歩みがのろのろな学習者には、
なかなか自分が進歩しているように見えませんが、
まずは読み続けること。

次は実践を少しずつ少しずつ増やしていくこと。
それが目に見えて格段に機会が増えなくてもいい。
そういう自分の「のろさ」にもガマンする、許容する気持ちが必要です。
ある意味、自分に対して忍耐強くなければ難しいかもしれません。

いつかイエスのように、いつも神と共に在ることができるようになったら、
今の私の状況を思い出してビックリするに違いありません。
あぁ、そんな時が今生で達成できますように。

あなたの意欲は完璧である必要はない。
なぜなら、彼の意欲が完璧だからである。
あなたが彼に小さな場所を差し出さえすれば、彼はその場を光ですっかり明るくするので、あなたは喜んでこのような場所をもっと増やしていくだろう。
そしてこの増大によって、あなたは創造を思い出し始める。
奇跡講座 テキスト編T-11.II.6より

この部分を信じるしかない。
まるっきり私の意欲は完璧ではない。
だから、聖霊のこと、神のことを思い出したり、思い出さなかったり。
でも聖霊は私の意欲を完璧に補ってくれる。

明日もそれを信じて、少しだけの意欲でも持ち続けることにします。
学習者の方々も一緒にほんの少しの意欲を持ち続けましょう。
聖霊と共に歩める明日になりますように。

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