奇跡講座のテキスト。第10章Ⅴ神の否定

Vanilla Sky

今日は「奇跡講座 テキスト編」より10-5神の否定

病気の神の儀式は奇妙である上に、きわめて過酷である。
喜びは決して容認されない。
憂うつが、その神に対する忠誠のしるしだからである。
憂うつとは、あなたが神を否定すると誓ったことを意味する。
奇跡講座 テキスト編T-10.V.1より

この最初の部分を読んでギクッ。
憂うつという状態にあることが、すでに神を否定していると。

ここで「じゃあどうすればいいの?」と思いますが、
この部分は自分で回答を探そうとせず(読んでいる時はそうしようとしていました)
聖霊に尋ねるといいのでしょう。

まずは「この状態は神と共にいない状態なんだ」と気づくことが大切で、
その次に聖霊に委ねることが必要になります。
日常生活はこれの繰り返しですね(笑)

あなたは、兄弟たちから与えられるメッセージによって彼らを裁いていると信じているかもしれないが、あなたのほうが、自分が彼らに与えるメッセージによって、彼らを裁いたのである。
あなたが喜びを否定していることを、彼らのせいにしてはならない。
そのようなことをすれば、あなたに喜びをもたらすはずの彼らの中の閃光が、あなたには見えなくなる。
憂うつをもちらすのはこの閃光の否定である。
それをもっていない兄弟を見るときはいつでも、あなたは神を否定しているからである。
奇跡講座 テキスト編T-10.V.2より

昨晩「裁かずにただ愛情をもって伝えよう」と家族に金銭的な話をしたのですが、
やはり裁いてしまったかも。
と、今朝、このセクションを読みながら思いました。

話している時、聖霊と共にいたかと考えると、
ただ自分一人だけで、思いついたことを話していた気がします。
話しの最後には、なんだか「弱いものいじめ」しているような罪悪感と妙な勝利感があったので、きっとそうなのでしょう。
こんな些細なたったの15分程度の話し合いでも、聖霊と共に居られないなんて。

理由や言い訳はいろいろでてきますが、そんなものは求められていません。
ただ愛の側にいたか、そうではないか、です。

これからは愛情を持って接する、
今夜もう一度愛情を持って、その話を再度するしかないですね。
(というのは聖霊の話です)

神の子よ、あなたは罪を犯したのではない。
しかし、大きな思い違いをしてきた。
だが、これは訂正することができる。
あなたが神に対して罪を犯すことなどできないと知っている神が、あなたを助けてくれるだろう。
奇跡講座 テキスト編T-10.V.5より

神に聖霊に助けてもらおう。
現実を変えるためではなく、兄弟を赦し、共に神の元にたどり着くために。

今日も私たちが聖霊と共に、この世界を眺めることができますように。
一日を大切に使い、時間の世界を泳いで渡りましょう。

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