奇跡講座のテキスト。第7章Ⅳ真理の認識としての癒し

柿

今日は「奇跡講座 テキスト編」より7-4真理の認識としての癒し

癒しとは、あなたの兄弟の中に自我の存在を認識しないことによって、自我があなたの中に引き起こした危機感を忘れる方法である。
これにより、あなたがた両方の中の聖霊が強化される。
なぜなら、それは恐れを認めることの拒否だからである。
奇跡講座 テキスト編T-7.IV.7より

私の学びの場は、家庭と会社と通勤電車の中。
いたって普通の生活をしています。多くの人たちと何も変わりません。
今朝も通勤中に学ぶべきことがありました。

理由はどこにあるのかわかりませんが、私は人に密着されるのが嫌いです。
だから、なるべる人のいない時間に通勤しますし、電車も混んでいる急行ではなく、少しすいている遅い電車を選んでいます。
それでも、密着される時はあります。

今日は腕ではななく、ボディ部分に密着されてイヤな思いをしました。
相手の方はぐーぐー寝ていて、体勢が保てないので仕方ないのですが、
やんわりと払いのけても、ぐぅと寝てしまえば意識がないわけで、やっぱり密着してきます。

これは何なのだろう?としかめっ面をしながら私は考えます。
そうだ、この人を祝福すれば正常な考え方ができるだろうか?と。
そこで祝福をしてみて、彼は私と一なる子であり、肉体は存在していない、不快に思う必要もないのだ、と考えました。

少し楽になりましたが、完全には消えず、
結局、その男性が電車を降りた時にようやく私はホッとし、
明日からその男性が乗ってくるであろう場所には乗らないようにしよう、と思いました。

会社について、今日のセクションを読んでいて「あ!」と思ったこと。
私は聖霊に助けを求めなかったのです。
私は自分一人でなんとかできるし、解決しようと思いました。
そしてうまく解決できませんでした。
ただ、その兄弟が視界から消えたことで、問題が消えたように見えていたのです。

すっかり時間はたってしまいましたが、
改めて聖霊に助けを求め、別の見方ができるようにお願いしました。
そして私の兄弟を赦しました。

最近の私は、いろいろなことに気づきます。
しかし、すべて後になってからなのです。
兄弟に愛を差し出せなかったことについて、すべて後から「あ!」と反省します。

気づくようになっただけ進歩なのですが、できるだけ時差を縮めていきたい!
その場で赦すことができるようになれば、
兄弟も気持ちよく同じ空間、同じ時間を共有できますし、もちろん私も同様です。

したがって、すべての能力はそれらを適切に用いる方法を理解している聖霊へと明け渡されるべきである。
奇跡講座 テキスト編T-7.IV.4より

聖霊に自分を差し出せる一日となりますように。
私たちの兄弟が聖霊と共に在れる一日となりますように。

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