奇跡講座のテキスト。第7章Ⅱ神の国の法則

紫式部

今日は「奇跡講座 テキスト編」より7-2神の国の法則

兄弟が自分を病気だと知覚するとき、彼は自分を全一でない者、したがって何かを必要としている者として知覚している。
あなたも彼をそのように見るなら、あなた自身が彼を神の国から離れているか分離しているかのように見ているのであり、そのようにして、あなた方の両方に対し神の国そのものを覆い隠している。
奇跡講座 テキスト編T-7.II.1より

「真の癒し」というものを考えさせられる一文です。
108starの再開を考えるにあたり、
このおやすみ期間に再び原点の「癒しとは何か?」に戻って考えています。

奇跡講座/コース風に言うならば、
どんなに額縁をキラキラ光る宝石で飾り立てても、
真実がしっかりと絵として真ん中に据えられていなければ意味がない。

時間という概念にとらわれず、
ゆっくりと、そしてしっかりと考えていこうと思います。
クライアント様の心を共有する大切な空間作りのために。

近道は思い出すこと。
それを行なうには、この世界の刺激にばかり振り回されていては難しくなります。

ワクワクしたり、ドキドキしてはいけないわけではありませんが、
すぐに自分の中心に戻ってこれる力を養わなければ、
神の国をめざすことはできません。
昨晩、聖霊に答えをもらって感じたことです。

混乱している者たちにとって、神の国の非の打ちどころのない一貫性にどんな意味があり得るだろうか。
混乱は意味を妨げるので、学ぶ者が意味を賞美できなくなることは明らかである。
奇跡講座 テキスト編T-7.II.7より

奇跡講座/コースを読むと自分がどの地点にいるのか、いつも突きつけられている気がします。
もちろんそれは攻撃的なものではなく、
寝ている間にトントンと軽く肩を叩かれているようなものなのですが。

「自分が混乱していることに気づいた状態」というのは、一番不安定な時期。
気づいていない状態ならば、時々「おかしいな?」と思うけど、
一時的には心の安定感も得られている気がします。

混乱していることに気づいている時期は神の国に真実があると分かるけど、
そこに到達することもできず、
しかし真実をすっぽりと忘れていた状態にも戻ることはできない。

仕方ないですよね。
何事においても移行期はアンバランスで気持ちの良くないものです。
そして、しっかりと思い出した時には、この世界の学びは必要なくなり、
この世界には存在しないことになるのですから。

自我のシステムに囚われず、
不安定な中でも、私たちには聖霊というガイドがいつも傍にいます。
困った時も、困っていない時も、聖霊と共にこの世界を渡っていくことができますように。

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