奇跡講座のテキスト。第6章Ⅴ聖霊のレッスン(1)

rainy day

今日は「奇跡講座 テキスト編」より6-5聖霊のレッスン
今日のセクションは長いので、明日と2回にわたって読み進めます。

昨日JACIMより嬉しいニュースがアップされました!
『奇跡講座』から引用する場合のガイドラインが発表になり、
学習を目的として『奇跡講座』から短い文章を引用する際には、JACIMや出版社から許可を得る必要はありません。
ということが明記されました。
※長文掲載は許可が必要

JACIMサイトからの引用は可ということはどこかに明記されていたのですが、
奇跡講座一連の書籍からの引用については明記されていませんでした。
これで、このブログでも引用元をハッキリさせることによって文章をそのままの形で掲載することができます。
過去記事についても、非常にのんびりな速度ですが、前回の「精霊事件」と併せて修正を行っていく予定です。

賢い教師は、回避させるのではなく、取り組ませることにより教える。
奇跡講座 テキスト編T-6.V.3より

最近も同じ話をしましたが、
自分の心の動きにあきれはて、もっと人との交流が少ない辺鄙な場所で
修行に入る方がいいんじゃないか、と考えることもあります。

しかし、奇跡講座/コース自体が都会で(多分)生まれたものであり、
そういう中でこそ、これを適用していくことが効果的だと考えられています。
(神の使者の中にもこういう記述があったかな)

すべては私たちにとってベストな学びの環境とすることができます。
それを学びとするか、苦痛を味わう機会とするかは私たちの選択次第です。

自分の心の動きが見えてくると、
自分から逃げ出したくなるくらい攻撃的な考え方に支配されていることが分かりました。
あまりにも些細なことに対しても、私はすべて反応するので、
自分の心を投げ出して、他の人の心と即交換したいくらい・・・

思考の方向が書かれた良書を読んで「そうだよ!そうだ!」と字面を追って納得していても、
それを行動として表せる地点にかすりもしていない自分、に気づき愕然としました。

でも、まずは、これを見ることができるようになったということを歓迎し、
ここから先は気長に修正していくしかない、やれやれ、と思うことに。

ただ一つの対等な贈り物だけが、対等な神の子らに向けて差し出すことのできるものである。
その贈り物とは、相手を完全に賞美し感謝する気持ちである。
奇跡講座 テキスト編T-6.V.A.4より

昨日、相手を祝福する宣言をしてまわってると書きましたが、
本当に不思議なことに、それを相手に対して宣言すると、
相手が私とまったく同じで完璧な神の子であると認識できます。
これが「神の祝福がありますように」とか「聖霊と共にありますように」では私の場合はダメなんです。

私は、あなたを、祝福する。
この能動体の言葉じゃないと、私の意識が変化しません。
聖霊や上の存在まかせじゃなくて、私がしなくては、という形です。

今日も、もうすでに何回も宣言してきました。
私の心は本当に小さな、
例えば、隣の人と肩が触れるとか、そういうことで破壊光線を出してしまうからです(笑)
どうしようもないのですが、いつか、自然と、そういう考え方が出ないようになりたいです。

今日も共に、聖霊に尋ねつつ、この世界を学びの世界に変えていきましょう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク