奇跡講座のテキスト。第6章Ⅰ十字架刑のメッセージ

水中

今日は「奇跡講座 テキスト編」より6-1十字架刑のメッセージ

今日は家に工事入ってるし、お出かけもするから、書く時間ないなぁ~
なぁんてのんびりしていましたが、聖霊はちゃんと用意してくれていました(笑)
今、壁紙の貼りなおしをしているのですが、
「下地が乾くのに1時間以上かかるから、午後の作業再開は13時~です。」と。

今日から「第6章 愛のレッスン」です。
ワークブック編がおわって、テキスト編を毎日一区切りずつ進めているのですが、
このペースはなかなか良いかも、と思います。

テキスト編って、読んでいると眠くなるし(笑)
一気に読み進めてしまうと頭が整理できず、字面を追うだけになってしまいます。
毎日、限られた短い時間に1区切り、というのは私(と私の自我)にとって、
受け入れやすい単位のようです。

今日のセクションでは、
十字架刑の本当の意味、どのように解釈するのかをイエスが教えてくれています。
なるほど、面白い~そういう風に!というセクション。

破壊そのものが不可能ならば、破壊可能なものは何であれ、実在するものではありえない。
だから、肉体が破壊されても、怒る行為は正当化できない。

確かに!
永遠であるもの、愛であるものは破壊されたり、傷つけられたりすることはありません。
私たちは神の子として創造されているので、永遠の存在です。
だから、破壊される対象の肉体というものは真実の側から見ると存在しておらず、
それが傷ついたからといって、怒りを持ち出すことはまっとうな考え方ではない。

難しいです、こんな風に考えるのは。
イエスは自分が十字架に張り付けられたときも、誰に対しても怒りを
向けなかったことから、私たちが学びとるように
、と求めます。
私たちが学びやすいように、極端な例として実行されたのです。

きちんとそれを忘れずに学ばなければ。
そこまで、兄弟たちのために愛の存在であることはできそうもないけれど、
彼のようにいつか自然にそういうことができるように。

今日もイエスと共に、聖霊と共に、
自分の心が安らがないときは彼らと共に過ごすことを選択できますように。

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