奇跡講座のテキスト。第5章Ⅲ救済への導き手

夕暮れ

今日は「奇跡講座 テキスト編」より5-3救済への導き手

今日も聖霊とのつながりについてのセクションですが、
昨晩、風道(かざみち)のふぅさんにあることを指摘されました。
私はずーっと『聖霊』を「精霊」と誤って記述していました!!

この指摘をもらった時点で
「えーっ、そんなぁ~、まさか~」と思い、
少し経って「いや、ありえるかもしれない」
さらに少し経って「でも、何箇所かだけだろう!」と。

自分の心の動きを見るのは面白いもので、自分に都合の良い方向に展開するし、
それは自分が悪者にならないための防御反応でもあるわけです。
改めて、相変わらず「攻撃に備えよ!」意識が強いんだなぁ~とトホホです。

昨晩中にチェックして修正しようかとも思ったのですが、
聖霊に尋ねると「今夜はやめるように」と言うので、
気になりつつも寝てしまいました(笑)

そして、今日、ブログを改めて見直してみるわけですが、
なんと!(訪れる方はお分かりだったと思いますが)
すべての単語が「精霊」になってるんですね~!
自分の中では『聖霊』と書いていたつもりが、すべて「精霊」・・・
気づかないってスゴイな、と思いました(汗)

同時に、指摘することはそれなりに勇気が必要だっと思いますので、
きちんと誤りを指摘してくださったふぅさんにはとても感謝しています!
ありがとうございました☆

で、修正の方ですが、
今までのほぼ全エントリが精霊になってますので、
修正はできるときにぼちぼちとやっていくつもりです。
とりあえず、テキスト編に入ったあたりからは修正済みですが、
それ以前はまだ手をつけていません。

聖霊の言うとおり、昨晩は手をつけなくて良かったなぁ~と思います。
このすべて間違っているという状況を昨晩みたら、
自分の中で炎上していたと思うから。
すごくちっぽけなことですが、人によって、タイミングによっては
大きな刺激を感じることもあります。

5-3救済への導き手を読んでから着手できたのも良かった点です。
訂正し、学びなさい。そして学べるように心を開いていなさい。
まさにそうだと思ったからです。

学ぶ意志はあっても、心が閉じていると学び取ることは難しくなります。
聖霊はあらゆる方法で私のためのレッスンを用意してくれます。
それをレッスンと認識して、自我を消去していく方法として利用できるか、できないかは私たちにかかっています。

何かに直面して、心が少し苦しくなった時、
それは学びを進めるベストなタイミングです。
一時的な快楽や開放感のためではなく、永遠に続く平安にいたるための学びです。

兄弟を認識するためには、彼らの中に聖霊を見ること。
分かったような、分からないような。
できているような、できていないような。
今日はこのフレーズを大切にして、一日過ごしたいと思います。

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