奇跡講座のテキスト。第4章Ⅲ葛藤のない愛

ゼフィランサス

今日は「奇跡講座 テキスト編」より4-3葛藤のない愛

今朝、起きた瞬間から私の葛藤は始まりました。
「もうちょっと寝ていたい!」「今日は遅く行ってもいいよね!」
聖霊の答えは「起きた方がいいよ?」「起きて会社行ったら?」。
(聖霊は私のレベルに合わせているので、いつもラフな口調です)

ひとしきり変化のないやり取りを交わして、
「やっぱりもう少し寝る、だって疲れてるし、週に1回くらいいいと思う!」
遅く出勤すべく、再び寝始めたのですが、1時間もしないうちにハッと目覚めました。
時計を見ると、いつもの電車に間に合いそうな時間なので、起き出して出勤することに。

いつも本当に自分のことながら不思議です(笑)
聖霊の言うとおりに行動します、それが神への一番の近道だからです。
と、誓うのに、実際には朝目覚めた瞬間から、自我の選択をしているのです。

奇跡講座/コースを読んでいると、何度も何度も
あなたはこれ以上、神への帰還を遅らせようとするのだろうか」という問いかけがあります。
その時は「いやいや、そんなことはしませんよ、こうして奇跡講座にも出会ってるんだし!」と思います。
だけど実際に行動が自我の選択になってしまうというのは、
読んでいてもやる気がない、ということなのでしょう(汗)

「前進するために、いかに求めるものが素晴らしいものがハッキリと分かれば、意欲につながるのに!」とも思いますが、
今の状況では、受け取る側の曇りがあまりにもひどすぎて、
それを実感することができないのかもしれませんし、
自我が懸命にそれを受け取る機会を失わせているのかもしれません。

ただ、私の中ではそれは本当にあると確信しているし、
この世界をすべて放棄してもいいくらいと思っているようです。

人ごみの中を歩いている時に自分の心の動きに注目すると、
何かと特徴的なものを周りの人の中に見たり、聞いたり、におったり、
そういうものを、いちいちとらえて判断しているようです。
あきれるくらい心があちこち漂いますし、判断=裁くことが行われています。

そういう時、本当に、すべての人が同じ大きさで同じ形で同じにおいだったらいいのに!と思います。
もちろんそんなことは無理な話ですが、いつかは私の知覚が変化しますように。

私たちへの神の愛と、私たちからの神への愛を、いつも心に留めておくことができますように。
イエスと共に祈ります。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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