奇跡講座のテキスト。第4章Ⅰ正しい教え方と正しい学び方

マスカット

今日は「奇跡講座 テキスト編」より4-1正しい教え方と正しい学び方

昨日、病院に行ったら疲れてしまって更新をお休みしてしまいました。
疲れる、ということは、本当は起こらないはずなのですが、私のレベルではやはりまだ疲れます。

今日から第4章「自我の幻想」に入りました。
「序」の部分で、兄弟と共に励まし合って歩むことの大切さが冒頭にあります。

多くの人がそうであるように、私は競争が前提で人生を歩いてきました。
幼稚園のころから「特別性」に憧れ、
それを手に入れるためには競争して、すべてにおいて勝つ必要があるということを、
あらゆる出来事を通して身につけてきました。

私にとって、周囲の人は友達も家族も同級生も、すべて競争相手でした。
だから、まったく人を思いやることもできず、思いやる必要性も分かりません。
すべて勝ち負けの世界であり、思いやるエネルギーも時間ももったいないからです。
親切にしてくれる人が現れても、真意が理解できず、うまく受け取ることができていなかったと思います。

今もまだ自我の部分には、この感覚が根深くあるのですが、徐々に消えていくことでしょう。
この世界は競争と優位性・劣等感が渦巻く場所ですが、
その考え方は、自分で作り出した幻想の世界に、自分を閉じ込めておく手段にすぎないからです。
兄弟に対して献身することは、私を後進させることにはつながらず、反対に進歩させる方向に進ませてくれるものです。

教師も生徒も同じ学びのレベルにあり、教師は教えることによって考えを明確にし、強化する。
この「同じ学びのレベル」という場所でハッとしました。
教師も同じレベルなのだから、教師と名乗る人が偉いわけではないし、
万が一、私が教師になっても偉ぶる必要はないのです(笑)

レベルというのは、分離の世界での考え方ですが、
誰かを教師として学ぼうとするとき、その人はとても遠い先にいるような気がしますし、
(たとえば、今の時点でイエスは遙か遠くにいるように思えます)
自分が教師という立場に立ったら、優越感に浸り、生徒のことを見下しそうな気がしていました。
(だから教師はできまい、と思っていました。)

変化というものに対しても、私は恐怖心を抱いてしまいます。
穏やかに暮らすことは、変化があまりないことだと勘違いしていました。
だから、初夏あたりからの仕事上の変化について、体調を崩すまでのダメージを勝手に受けていたのです。
そこに学びがあるのならば、変化というものは当然の成り行きで、変化により分離が癒されることになります。

このセクションで語られていることは、私にとって大きな学びとなりますが、
受け取ったことを生かすには、もうしばらく自分の中で熟成させる必要がありそうです。

今日も私たちが穏やかに目覚める過程の一日として活用できますように。

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奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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