奇跡講座のテキスト。第3章Ⅴ知覚を超えて

あさがお

今日は「奇跡講座 テキスト編」より3-5知覚を超えて

昨日の朝も記事を書こうとしてみたのですが、
あまりにも体調が悪くてダウン。
薬を飲んで、しばらく静養する時間につかいました。
おかげで仕事前にある程度復活することができました。
毎日更新しつつ、テキストを読み進めていくつもりですが、
自我のペースもあり、更新できない日もあることを認めた上で引き続き挑戦していきます。

昨晩、仕事仲間との飲み会がありました。
聖霊からメッセージを伝えられる手段はいろいろあると聞きますが、
昨日のボスの話す言葉もメッセージ性の高いものでした。

ボスはスピリチュアル系、仏教系の考え方ができる人で、
昨晩は新加入のスタッフに対して、
ものの考え方、見方について話をしていました。

ボスと出会った数年前は、殆ど彼と同じ考え方をしていた私ですが、
この2年ばかりは奇跡講座/コースを中心にすえてきたので、
考え方に微妙なズレがあり(非二元論ではないので)、少し距離を置いて話を聞いていました。

昨晩の話で「ああ、ここは同じなんだなぁ」と認識できて嬉しくなったのは、
この世界に生まれてきた意味でした。
今日のセクションにもある言葉です。
私たちが絶えず自問している根本的な問い、それは「私とは何か」。
それは私たちの奥深くに眠っており、知覚によって正確に捉えることは不可能です。

誰もがその問いを自分に対して問いかけながら生きており、
ある人はスピリチュアルな方法で、ある人は宗教的な側面からそこにアプローチしようとします。
そして大切なことは、その問いに対して答えを見出すための行為以外はすべて瑣末なことである、ということ。

神はこの世界を作らなかった、
という部分は彼の主張とは異なりましたが、
彼の心は、私とは別の方向から、同じものにアプローチしようとしているだけでした。
私も何度かこの場で書いてきた様々なツールがあり、奇跡講座/コースに限定されているのではないということにつながります。

最近、彼に対して、自分の心のある部分では「非二元論じゃないし」と非難分離していたことに気づき、ハッとしました。
これはで、香咲さんがキッパリとおっしゃっていたことにつながります。
香咲さんは「奇跡講座/コースを使って人を分けない!」と。
それは本末転倒だとおっしゃられたかったのだと思います。

体調が悪く、いつものように楽しく飲み、ほろ酔いにはなれませんでしたが、
その分、クリアな意識の中で彼らの話をじっくり聞くことができました。
聖霊はきっとその部分を、私にもう一度伝えたかったのだと思います。
奇跡講座/コースを学んでいるから他の人よりもすごい、ということはありません。
すべての人が神の子であり、聖霊として私たちの目の前に立つのです。

私たちがすでに持っているものを認識することができますように。
聖霊と共に今日も赦しを行ないましょう。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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