奇跡講座のテキスト。第3章Ⅲ知覚 対 智識

鳥居

今日は「奇跡講座 テキスト編」より3-3知覚 対 智識

奇跡とは?
ワークブックでも奇跡という言葉が何回も出てきましたし、
「奇跡とは何か?」というセクションまでありました。
わかったようなつもりでいたのですが、今日の3-3知覚 対 智識を読むと、また混乱しはじめました。

奇跡は知覚する方法の一つである。
知覚?
奇跡講座/コースを通して奇跡は行うものだと思っていたので、
知覚という受取の方向に流れるものであれば、
一般に言われている「奇跡」という意味に近いのかもしれません。

あまりこの部分にとらわれることは、言葉は象徴(シンボル)でしかないので不要でしょうから、
そのまま深く考えずに先に進みます(汗)

今、毎日の生活を通して、
周囲の人を、私に関わって下さった人を「ありのままに知覚する」という努力をしています。

私たちは日々多くの人に出会います。
家族、職場のいつも会う人たちだけでなく、
たまに会うお取引先様や、お客様。
そして名前は知らないけど、通勤の途中で会う人たち。
テレビの中にも人がいます。

すべての人たちを、どんな時もありのままに知覚できたら、神への門の一歩手前まで来ている気がします。
まずすべての人たちを、兄弟であり、神の子であると知覚することが難しいですし、
次にどんな時も、そのように知覚することも難しいです。

ただ私たちには、機会は十分すぎるくらい与えられています。
どんなことがあっても、どんな人に会っても例外を設けないことが大切です。

他人の誤りを攻撃することは、自分自身を傷つけることになります。
顕在意識では、「あの人が間違っているから攻撃することは当然」と思っていても、
潜在意識では、攻撃したことに対して罪悪感を抱いたり、防衛する気持ちが生まれたりします。
罪悪感は、自分を傷つけることを呼び込みますし、防衛も相手からの攻撃を求める行動になります。

以前も紹介した私たちと同じ学習者のブログで、神の子と見ることに対する葛藤について書かれていて、
同じ地点で苦しみながら、やはり同じ未来を目指しているのだなぁ~と励みになりました。
8/6 すべての他人に貼るレッテルは「神の子だ」というただひとつ
あなたは完全無欠で罪のない、神の子です!!!より)

自我がぶつくさ言う時も、聖霊は優しくそばにいてくださいます。
私たちがどんなダークな地点に陥っても、必ず聖霊は辛抱強く聖霊の方向を再び見るときを待っていてくれます。

足を踏み外しても、元の地点に戻ってきてまた歩みはじめられますように。
聖霊がすべての方と共にありますように。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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