奇跡講座のテキスト。第2章Ⅲ神の祭壇

富士山

今日は「奇跡講座 テキスト編」より2-3神の祭壇

今日もまた聖霊に指示を受けながらも
「やっぱりしたくないので」と拒否してしまったことがあります。
そういう中でこの2-3神の祭壇を読んで、ぎくっとしました。

ぐすぐずと時間をかけ、先延ばしすることもできるが、
最終的に「遅延は不必要な苦痛を増すだけだ」と理解し、遅延することを拒絶する。

私の生活すべてが、この言葉一つで鋭く突き刺されるように感じました(汗)
何に対しても、私は「ちょっと後回し」ということばかり行ってきており、
最終的に聖霊から「その件については時期を逃しました」と言われることさえありました。
それでも、毎回、様々なことに対して、もれなく自我が喜ぶ選択能力を発揮し、はりきって遅延にいそしんでいました。

この文章、この段落、2-3神の祭壇ですが、もう何回も読んでいるのです。
読んでいても、まったくこの部分が気にならず、
しかも、このブログでは
「決断を先延ばしにすることはできますが、最終的にその道を必ず歩むことになります」
などと、えらそーに語っていたりするのです。
自分でも驚きです!

赦すということ全般だけではなく、
聖霊からの指示に対しての行動についても同じなのですね。

ちょっと自分のバカさになさけなくなってきました。

どうして毎回、とりあえず遅延させようと試みてしまうのでしょうか。
自我の壁が厚い、と言われればそれまでですが、とても大きなことです。
しかも、今まで、赦すことと聖霊の指示に従うことは別物だと思っていました。

私が気づいたことで、聖霊との距離は少し縮まるでしょうか?
気づいても、また私の自我優先路線はなかなか変わらないでしょうけど、
選択との間に少しだけ、スキマを作ることが、これで可能になりました。

次はそのスキマで、正しい選択を行う、という継続した意志が必要になります。
すべての行動に例外はなく、私たちは聖霊の選択と自我の選択、両方の選択ができるのです。
選択がないように見えても、実はきちんと選択できるようになっています。
どうしても一つの道しか見えない場合は、別の見方ができるように、別の選択がみつかるように聖霊にお願いしましょう。

大ふりだしに戻った気持ちになりましたが、
私にとって今日の気づきはとても有効なもの。
今日も聖霊が私たちと共に歩んで下さいますように。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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