奇跡講座のテキスト。第1章Ⅰ奇跡の原理

朝

奇跡講座ワークブック 」が終了して、少しおやすみをいただいていました。
今日から今度は「奇跡講座 テキスト編」にしばし重点を置いて、
日々を過ごしてみようと思います。

が、まったく続けられる気がしません(汗)
やすみやすみになったり、大型休暇が途中で入る可能性もあります。
聖霊と共に、できるだけ続ける予定です。

ワークブックから離れていましたが、
やはり離れると、心も簡単に奇跡講座/コースから離れてしまいます。
奥深くでは覚えていて、ピンチになった時や、余裕のある時は聖霊と行動できますが、
それ以外の何気ない時間はすっかり忘れていました。

それは一時的な解放感を伴うもので、自我が最大限に望んでいることでした。
ある時にふと「神の元に戻らなくちゃ」と思い出し、今度は「奇跡講座 テキスト編」になじんでいくことにしました。

聖霊にワークブック編の3周目を相談したときに、少しおやすみをしなさいと指示をもらいました。
その時にテキスト編を読むようにと聞いたのですが、
テキスト編を使って、こうしてブログを書く指示を受けたのは今日。
私が拒絶反応を示さないように、先だしは避けたのかもしれません(笑)

テキスト編は1.7回くらい読んでいます。(奇跡の道、奇跡のコース)
読んでいると言えないものでしょう。
改めて読んでいくと忘れていることだらけですから。

前置きが長くなりましたが、テキスト編の第1章に進みます。

奇跡の原理から始まりますが、未だにこの「奇跡」というものが明確に「これ」とつかめていません。
あっ、すごい!と思うミラクルはありますが、奇跡と呼ばれるものなのかどうか判断できません。
ワークブック編でも「奇跡とは何か」という部分がありましたが、わかったような、わからないような・・・

奇跡の原理では「奇跡」についてあれこれ書かれています。
この部分については何度読んでも、ここにすべてのことが書かれていて、これ以降の文章はこの部分を補っているのにすぎないのではないか、と感じます。

奇跡は習慣であり自然なもの
習慣として自然に出てくるようにするには、
日々の行動から、それが自然にあふれでる習慣に昇華させる努力が必要な気がします。
生まれたまま、心を訓練していなければ、自然に出てこない、ということ。

毎日が奇跡のために使われる必要があり、
そのために時間があり、肉体があります

1ヶ月ほど前にワークショップに参加した時に、コオさんと香咲さんに感じたことは、
聖霊と共にいる時間がとても自然なこととして彼らの中に密着している」ということ。

彼らは奇跡を習慣として身につけているお手本のような人たちだと思います。
日本人として日本語を使う人たちの中で、決して多くはありませんが、そういう人も既にいらっしゃいます。
これは本当に素晴らしい進歩だと思うのです。
10年前は見つけることが難しかったし、簡単に会うこともできませんでした。

奇跡は孤独感や欠乏感という感覚から私たちを解放してくれるものです。
何も区別せず、差別も裁きもありません。

奇跡講座/コースを学びつつも、誤った方向に進まないように、
今日も聖霊に導いてもらいましょう。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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