奇跡講座のワークブック。の343番目

バラ

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は343(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

今日のレッスンをしていると、先日のワークショップでの言葉を思い出しました。
講演者のお二人がそれぞれこんなことを語られていました。

コオさん

因果の法則はない。

香咲弥須子さん

自分は犠牲者ではない。

もちろん、前後に言葉があって、私が印象に残ったものだけを書き取りました。

コオさんの「因果の法則」とは、スピ的な言葉でいうと「カルマの法則」と言うものです。
自分で撒いた種は、自分で刈り取ることになる、という法則。

今日のレッスンの言葉とは少し違いますが、
良いものを得る為に、自分が苦しい思いをしなくてはならない、のではない。
つまり、良いものを得る時は、苦しかったことの成果ではない。

奇跡講座/コースを続け、天国を見出すためには
モチベーションを保つこと、実践するという努力は必要になりますが、
決してそれは、犠牲を払うことではありません。

自分が誰かに対して行った罪だと感じていることも、
自分の無罪性を認めて赦すことにより、
精霊によって昇華されることになります。(仕返しされることはありません)

また香咲さんのような、強い宣言にも似た気持ちは大切だと思います。
これもまたスピ的によく似た言葉「犠牲者にならない」というものがあります。
しかし、奇跡講座/コースで出てくるのは、犠牲者になる/ならないではなく、
そもそも犠牲者というものは存在していない、ということを認めるか、認めないか、です。

今、私の中で、この言葉に関する縦軸と横軸がうまく揃っていないので、
説明を読んでもわかりにくい表現になっているかもしれません。

先日、縦軸と横軸が揃った感覚を受けたのは、
「私はやりたいと思ったことを全部やる必要はなく、なりたいと思ったものに全部なる必要もない」というものでした。

やりたい/なりたいというのは、自分の中に可能性があるから、出てくる言葉なのですが、
全部できるわけではないし、できないことに対して自分の能力不足を感じてしまいがち。

だけど、私のできないこと、なれないものというのは、今生きている人たちの誰かが代わりにやってくれている。
そして、私のできないこと、なれないものというのは、私の前世・来世も含めてどの世代かで必ずやっている。

だから、いいじゃない?と思いました(笑)
周りの人も、前世も来世もすべては私と一つなのですから。
自分の限界を感じていたので、ちょっと気が楽になりました。

私たちが神の子であるために(神の子にはなるのではなく、すでに私たちは神の子です)
何か犠牲を払う必要はありません。
そのことを覚えていることができますように。

***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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