奇跡講座のワークブック。の313番目

あじさい

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は313(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

昼休みに昼寝していたら、仕事の電話でたたき起こされました。
そしてその後、中断された昼休みを再開できず、急ぎの仕事に突入。

ムッとしました。
昼寝は私にとって、とても重要だと思っているからです。
昼寝が不十分だと、ボーッとして、その後の仕事にも影響がでるから寝ているのです!

・・・と、少し怒りを感じてきて、今日のレッスンをちらり。
あー、これだな・・・と思って、少しじっくり読み直してみました。

すべてのものに無罪性を感じることができるのであれば、恐れも感じなくなる。
そこに愛が生じてくる。

今日のレッスンの内容を一部要約すると、このようになるかと。
私がムッとしたのは、何かを恐れているからです。
それは、仕事の進み具合であったり、体調のことであったり、またまた自分の時間が奪い取られているということだったり。

ただ、それらのことがまったく存在しないとしたら。
時間は存在しないし、体も存在していない。
存在しないそれらは、私をいじめはしない。

私たちは、お金や時間が有限だと思っており、それを奪い取られることを嫌悪します。
奇跡講座/コースを実践しているからと言って、お金は夢の世界のものなんだから、それをばらまけとか、一晩中起きていても実は夢だから平気、とか、そういうことは決して言いません。
何が大切かと言うと、それに向き合う時の気持ちです。

私の場合だと、その昼休みから突然割り込んできた仕事に対して、恐れを抱くか、愛を抱くか、ということなのです。
実際の行為ではなく、心の問題です。
私がその割り込み仕事をするかどうか、ではなく、するにしてもしないにしても、その時の心はどうなっているのか?です。

不死というあなたの現実」で、何度か話題に上っていたことが、ようやく実感として分かった気がします。
そこに出ていた例は、ベジタリアンであることについて、大切なのは、ベジタリアンであることではなく、どういう心でベジタリアンという行為を選んでいるか、ということでした。
パーサによる福音書でも、宗教上あまり良くない影響を与えると思われる食べ物を日常的に食べている地域にある人が入る際に質問し、イエスが語った言葉として「重要なのは、何を食べるかではなく、何を語るかである。食べ物はそこで供されるものを食べなさい。」とありました。

今の私は、こうしてレッスンを見返して「あっ、これなんだ」と新しい知覚を感じることができました。
多分、何度も同じことを繰り返していかなければ、この「新しい知覚」は獲得できないのだと思います。
残念ながら「訪れますように」と祈っているだけでは、訪れるものではないようです。

小さな歩みでも、根気よく、投げ出さず、
今日もレッスンを通して、一歩だけ、神への道を進みましょう。

***
おかげさまで108starは5周年を迎えました。
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star

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