奇跡講座のワークブック。の274番目

つつじ

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は274。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

父よ、今日、私はすべてのものをあなたに創造されたままにしておきます。

奇跡講座 ワークブック編 レッスン274 より

これが難しいんですよね(笑)
ついつい「絶対にコッチ!だってそれが正しいことだもの!」と強引に修正させたくなる・・・
特に身近な人、家族、毎日接する人たちだと、簡単に口から出てしまいそうになります。

たけど、それを言うことで、本当に良くなるのでしょうか?
道を修正したとしたら、相手の方は、のちのち不快に思わないでしょうか?

今日、電車が少し遅れていたからか、いつもよりも車内は混雑していました。
仕方なくつり革につかまっている人たち同士にサンドイッチのように挟まれる位置に立っていることになりました。
電車が動き始めると、私の前にいる人が、後ろにどんどん下がってきて、私に密着してくるのです。
私の鼻の先に彼女(お相手は女性です)の髪の毛が触れるくらいに!

目を閉じていれば気にせず過ごせるので、そこ以外に動く場所がなかった私は、そのまま目を閉じて時間をやりすごしました。
彼女にはシートに座っている人との間に、十分なスペースがあるように見え、後ろに下がってくる理由は私には見当たりませんでした。

が、本当にそうでしょうか?
もしかしたら、シートに座っている人が大きな荷物を自分の前に抱えていたり、床に置いていて、私からは十分な空間に見えても、彼女にとってはスペースがなかったのかもしれません。
彼女は居眠りをしていて、自分の体をつり革で支えることができなかったのかもしれません。
または、電車の動きに弱く、体が他の人よりもつり革では支えられないタイプの人かもしれません。
体調が悪かったのかもしれません。同時に、後ろにいる私と、そんな風に密着しているとは気づいていなかったのでしょう。

私が理解できない理由が、そこには存在していました。
もし私が彼女自身ならば、彼女がそうせざるを得ない理由が分かったと思いますが、私は彼女ではありません。

こういうことは、いろいろなパターンをとって日常生活に現れます。
どんな物事でも、当事者にとっては膨大なヒストリーがあり、それをもとに行動がとられています。
それを、私がある面からだけ見て、批判することができるのだろうか、と考えます。

こういう時にいつも思いを巡らせるのは、究極的なこと。
例えば、人をあやめた人が目の前に立っていたら、私はその人を責めることができるのだろうか?
もちろん、どの方向からみても、人をあやめたの事実ですから、それについては本人が罪をつぐなうでしょう。
ですが、その相手と、目の前に立っている人の間には、積年の何かがあるかもしれません。
言葉では表せないような、長い物語があるかもしれません。
もしかしたら、それは遠い前世から続く、本人たちの目にも見えないヒストリーの積み重なり、カルマなのかもしれません。
(前回と前々回はその相手から殺される側だったとか、ありがちです)
きっと、それらを全部見たら、私は、目の前の人の行動に納得してしまうと思うのです。
だから、目の前に置かれた、ある面だけを見て、一方的な決めつけはできないな、と思います。

先日の「考えない練習」の中では、それをくみ取って、相手に慈悲の気持ちを感じるところまで持っていく、という風にありましたが、私にはそこまで深くは実践できません。
でも、自分の見ている世界が相手と同じものではない、ということは分かります。
なので「私はすべてのものをあなたに創造されたままにしておきます」と言います。
今日もレッスンを続けます(笑)
***
奇跡講座にもとづくヒーリング
ピースフルヒーリング 108star
癒しのゴールデンウィーク☆」ご予約受付中

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク