奇跡講座のワークブック。の230番目

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今日は、「奇跡講座ワークブック 」は230。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

大内先生の翻訳だと、一年が1/1~12/31までとして、
自分のワークブックの歩みがどれくらいか、感覚で捉えることができますね♪
230は、8/18。
奇跡講座ワークブック 」では、全体565ページ中の482ページ目。
ものすごぉく本の感覚だと進んでいるように思えますが、実際は8/18。
年末(レッスン365)はまだ先だなぁ~(笑)

実は数年前まで、自分のことを「穏やかな人間」だと思ってました!
内なる怒りもなく、なんとなく自分で自分のことを良い人間だと。
が、奇跡講座と出会い、田中百合子さんの「奇跡の道」、
そして今進めている「奇跡講座ワークブック 」で日々自分の感情一つ一つを取り出す作業を進めていくと、

とんでもない怒りキャラ

ということが分かりましたよ(汗)
スグにムッとしたり、イラッとしたりするんですよね~
それがどんなに程度として小さなものであっても、それは姿の見えない殺人である、とコースは説いています。
もちろん、そのイラッなんてものに殺意なんてものはないです、当然!
だって、電車の中で「この人、ニンニク臭い。早く降りてほしい・・・」程度ですもん。
(ニオイに敏感なのか、ニンニク、タバコ、香水、オナラ・・・日々電車内のニオイに悩まされています)

ここに気づいただけでも良かったなぁ~
だって、まず第一歩でしょ!
自分の感情に気づくって!

私は人付き合いが少ない分、自分の感情をかき乱すのは家族と仕事のお客様たち。
「赦しとは何か」というセクション(レッスン221~230)をしている間にもタイムリーに何かあるもんです。。。

会社の帰りに「雨降ってきたよ」と自宅に居る家族からメールが届くのです。
「あっ、傘持って帰ってない。本降りにならないといいなぁ~」
「本降りになったら、お迎え行くからね。」
「ありがとう!」

自宅駅についたら、本降りです。
お迎え来てくれてるんだろうな、嬉しいな♪
と、改札を抜けても、お迎えはいません。
「あれ?おかしいな、今歩いて来てる途中かな」

ずんずんと歩いて帰ります、それでも家族とはすれ違いません。
「あれ?さっきの場所でもしかしたら、すれ違ったかな?
家帰ったら、誰も居なくて『もう帰ってきちゃったよ、すれ違いだね』ってメールしなくちゃ。」

風邪を引いているのに、ずぶ濡れになって10分程度歩き、
ついには自宅に到着してしまいます。

玄関開けたら
「あー、びしょびしょになっちゃって!」と走り寄ってくる家族。
「あれ?なんでアンタここにいるの?」

家族によると、本降りだったらメールで「お迎え来て!」と私が出すと思ったようです。
私は一度外出先から帰宅している家族を呼び出す気はなく、
好意で迎えに来てくれるなら、来て欲しい、くらいのシタテな気持ち。

本降りかどうかは、自宅の窓を一目見れば(リビングに大きな窓がありますし、ベランダにも出れます)分かるはず。
その上で来てもらえないなら、私の身体ってその程度な扱いなんだろうと判断。

稼いでいるのは私なのに、風邪ひいてるのは私なのに、とかいろいろと頭をよぎり、怒り出したいところ。
なぜか怒り出したのは家族の方なのです。
いわゆる逆ギレというものかもしれません、ちょっと思考回路が分からず唖然となりました。
「ええっ、怒るのは私の方でしょ?」

そして家族は怒りが収まったようで、次は床につっぷして、うねうねしているのです。
これは察するに、自己嫌悪に向かっているのではないかと思います。
怒りたいのも、泣きたいのも、風邪ひいているのも、ずぶ濡れになったのも私なのに!?

と、ここまで自分の中で怒り感情がうずまいた時に、
ふと「奇跡講座ワークブック 」思い出すのです(遅いっ!)

 赦しは、兄弟から自分に為されたとあなたが思っていたことは、起こってはいなかったと認識する。罪を赦すことで、それを実在するものとして扱うのではない。罪は存在していなかったと見るのである。

奇跡講座 ワークブック編 第2部1.赦しとは何か より

「こぉおおんなに酷い仕打ちにあってるのに、どうして赦せるもんですか!」
とか思ったりするんですけど、とにかく「起こっていない」のです。
そして、悪だくみする兄弟は存在せず、ただ精霊がそこにたたずんでいるだけ。
私は、自分の罪悪感を外部に投影させて、精霊に演じてもらって具現化してもらい、赦すという機会をもらっているだけです。

今もその機会は訪れています。
自分の感情を見ると「なんでこんなチッポケなことでイラッとするかなぁ・・・」と
しょげてしまいそうになりますが、それが現状の私なのです。
仕方ないけど、人生、まだ時間は残されていそうなので、一つずつ一歩ずつ、進めてみることにします。

奇跡講座は現実を良くするためのツールではありません。
現実は自分の中が変化してきて、付随して変化する、かもしれませんが、しない、かもしれません。
貧乏な人は相変わらず貧乏だし、ドアマットのように踏みつけられる人は相変わらずそうかもしれません。
ただ、心の内側が変化するので、まわりが「あの人、不幸のどん底よね~」と思えるほど酷い状況にあっても、本人は足取り軽く毎日を進んでいける、
そういうツールです。

お金持ちになりたかったり、多くの人に好かれたいとか目指す人はどうぞ別のものをお探しください、ここにはその答えはありません。
私は貧乏生活中なので、それについて気が楽になると同時にちょっぴり(やっぱり)残念ですけどね(笑)

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