奇跡講座のワークブック。の87番目

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は87。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

昨日は85だったのに?! とおっしゃる方、ごめんなさいm(_ _)m
昨日のエントリは一昨日書いて保存しておいたものです。
実際のところ、私の昨日のレッスンはレッスン86です。

帰りの電車の中。
1本目の電車は混んでいるので、すぐにホームに入ってきた2本目に乗ることに。
そしたら座れちゃったので、座って帰ろうと思いました。

電車が動き始めてから、むこうを向いて立っている女性のバッグが目に入りました。
「あかちゃんいます」のキーホルダーに似たもの、つけてる。
ちょっと首を伸ばして凝視してみたら、やっぱり「あかちゃんいます」。
最近、新しいデザインも出てきているみたい。

譲るか、譲らないか考えました。
帰宅ラッシュ時間の電車。
すべてのシートに人は座っていて、立っている人も多い。
さらに次の駅からどんどん人は乗ってくるばかり。

良いコト、と思うなら、「スグに譲るべき」とわかるんだけど、
もう一人の声がしてきて、
「だって目の前に立ってる女性じゃないし、ほんとなら向こう側の人が譲るべきじゃん?」とか、
「目の前の人じゃないから、譲らなくても気悪くしないよ」とかとか。

そこで今日のレッスン思い出しました。
(74)神の意志のほかに意志はない。

・・・声は一つのハズ、もう一つの声は私の自我が出している雑音にすぎない。
ちょっと一瞬でもいいから静かにしてみよう。
その声が「まぁ、寝ておけばいいよ」と言ってくれたら、このままでよいし。

自分の気持ち、のようなものをちょっとだけストップさせ、
自分の中心から何が出てくるか、聞いてみることに。

「譲りなさい」
・・・あちゃー、やっぱり。
マジレス来た。
聞かなきゃよかった、と一瞬だまっていた自我がつぶやく(笑)

ま、そうだろな、と思って、お譲りしました。
実際のところ、今日はぐだぐだに疲れてもおらず、立って帰ってもいいな、くらいに思っていたのですし。
最後まで立っていても、やはり疲れはあまり感じなかったので、そうだったんだと思います。

私が攻撃しようとするのは、恐れているときのみであり、攻撃しようとするときにのみ、私は自分の永遠なる安全が脅かされていると信じるようになる。

奇跡講座 ワークブック編 レッスン87より

「私だって疲れてるから、席譲ったりしない!」と思うときには、自分の体が有限で、損なわれるもので、安全ではないと恐れているとき。
ほんとはこの体も無意味なので、どこにも恐れる理由はないのだけど。
やっぱりやっぱりこの「五感」や「体の概念」というのをひっくり返すには強い力・強い心がいりそう。

完全に神に依存する、ということ。
キリストが十字架の悲劇の間、感じ取っていた五感は、私たちが想像するものとは全く違うかったようです。

そうなったらすごいなぁ~
彼みたいになったらすごいなぁ~
今生では、どこまで近づけるんだろう。

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