奇跡講座のワークブック。の85番目

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は85。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)

今日の二番手の復習事項「(70)私の救済は私の中から訪れる」、
この考え方がずいぶん私を楽にしてくれています。
自分を救うのに、外の世界を探しに行かなくてもいい!ということ。

生まれてからこれまで、どれだけ外の世界に救いを求めてきたことか!
ほんとに。

私にとっては、私の世界(私が世界の中心でいられる世界)なのに、どうしてこんなに生きにくいのだろう?と思っていた。
そしてそれはぜーーーんぶ周りが悪いって決めつめてました。

育てた母親が悪い、捨てた父親が悪い、育った環境が貧乏だったことが悪い。
クラスメートが悪い、認めてくれない先生が悪い。
同僚が私をおとしめる、上司が私の能力を生かさない。
旦那さんが私を引っ張る、旦那さんが進歩しない。
もう、ありとあらゆることを周りのせいに!(笑)

ものすごいですよ、これ。
自分はまったく悪くないもん(笑)
時々自己嫌悪におちいるけど、最終的には周りのせいにしたりして。

だから、この周りをなんとか制圧するために、スピリチュアルな道めぐりを沢山しました。
本を読んだし、ワークショップにも参加した。
いろんな考え方をたどり、いろんな方法を実践した。

ずっと周りと戦いっぱなし。
周りが変わってほしい、と思い続けて。

だけど、どこにも、どの考え方にも落ち着けなかったのです。
すべてを途中で放り投げている私だから、他の方法でも途中で離脱しければ道となったのかもしれません。

何をやっていても、別の何か、新しい何かに惹かれてしまう。
心ではそろそろ「スピ巡り」をやめたいと思っているのに、何かひとつ信頼して、その道を進もうとすると、どこかが足りない気がして。

そういう「スピ巡り」的な行為を、きっぱりと「必要ありません」と言ってくれたのが奇跡のコースであり、奇跡講座 です。
(二つは邦題がちがうだけ、もともとはA Course In Miraclesという同じ書籍の一部です。)

今日の二番手復習について

それは、外側で見出されてから中に持ち込まれるのではない。そうではなく、それは私の内側から延びてゆき彼方に達するのであり、私が目にするあらゆるものが、私の中とそれら自体の中で輝く光を映し出すだけである。

奇跡講座 レッスン85より

これを瞑想の中で落とし込んでいくと、心がとても楽になります。
どこにも探しに行かなくていい。
お金を使う必要もなく、特別な人に会う必要もない。

自分の中にあり、自分に与えられた環境の中でまかなっていける。
それが、とても心を落ち着かせてくれます。

奇跡のコース奇跡講座にまともに取り組むようになって、本屋さんの「スピコーナー」には殆ど立ち寄らなくなりました。
購入することもなくなり、ワークショップにも行かなくなり、誰かからヒーリングしてもらうこともなく。

自分の知らない種類のスピものに興味がなくなりました。
・・・自分の今まで学んだスピものにも興味がなくなったのですが。
それで大丈夫なんだ、という感覚が深いところで育っています。

コースの中で何回も述べられているように、これは一つの道であり、これしか道がないと言っているのではありません。
つまり、私にフィットしたものがこれであり、フィットしない人には他の道も当然ある。
だから私は勧めているのではなく、一つの選択として提示しているだけです。
合っている人もいるかもしれないから。
もしかしたら私と同じように楽になる人もいるかもしれないから。

そしてこの歩みは、時間は関係ありません。
2012年だからと急ぐ必要もなく、新しい磁気帯がやってきているからと急ぐ必要もなく、乗り遅れる心配をすることもありません。
レッスン一つ一つに時間がかかっても、読むのに・理解するのに時間がかかってもいいのです。
コースは時間の概念をも越えることができます☆

今日は奇跡講座入門の方をリンクしよっと。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク