奇跡講座のワークブック。の72番目

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は72。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)
かなり道が険しくなってます(笑)
前回取り上げた68は「愛は不満を抱かない。」でしたが、その「不満を抱くこと」が主題テーマ。
しかも、不満を抱くこと=神の計画に対する攻撃と、厳しい口調です。

不満なんて、どんなことの中にも出てきます。
ほんとうにちょっとした不満ならば、一日通して考えてみると、その並べられた不満の数にうんざりして、逆ギレしそうなくらいです(笑)

そんな私、今日、体調悪くて会社からお休みをいただきました。
寝ることと、座っていることくらいしかできないので、
ただ熱心に委託販売予定のストラップを作っていました。
一日、ほとんど動かず、作品を作っていました。

すると、なんだか家族がやけに機嫌が悪そうにみえるのです。
私が言った言葉に対して、乱暴な行動に出たり、
私相手じゃなくても、冷蔵庫に怒ってみたり、
同じ部屋にいるのに、iPodで閉じこもったり。
・・・すべて、私には「そう見える」というだけで、家族にはそんなつもりはまったくないのでしょう。
私に対して怒っているのではないのかもしれません。

だけど、私には、どうしても
「なんで休みなんか取ってるの?そこに居るのが目障りなんですけど!会社に行けばよかったのに!」
と、言われているように思えるのです。
完全な被害者妄想です。
体調が悪いと、さらにそういう妄想も拍車がかかりますからね!(汗)

自分が多大なる攻撃を受けているような気がして、ちょっと泣きながら
「いやいや、今日のレッスンは『不満を持つ=神の救済計画への攻撃』だった!」
・・・と、「奇跡講座ワークブック 」を開きます。
そこにはこうあります。

しかし、あなたがどういった種類の事柄について不満を抱きがちなのか、よく考えてみよう。それらは常に、肉体が行う何かと関連してはいないだろうか。たとえば、誰かがあなたの気に入らないことを言う。あなたに不愉快なことをする。彼の行動から敵意が「暴露」されてしまう、など。

まさに!
そこでレッスンは続きます。

このような場合、あなたはその人の本性に応対しているのではない。それどころか、あなたはただ、一個の肉体の中でその人が何をするかということだけに、関心を払っているのである。

なるほど。。。

続きは、その相手の攻撃を真実だとみなして攻撃するのであれば、その攻撃の真実性を認める行為、つまりは相手=肉体だと制限の枠内にはめこむことになる。
それは、自分を解放するどころか、相手を地上に引き止める行為になるのです。
もちろん、私の自我としては、私の罪悪感を対象物に転化して「成功、成功。うっしっし。」で、私はやっぱり地上から離れられなくなります。

やばいやばい。
と、このレッスンを読み進めると、私の泣き気分もおさまりました。

真理は、肉体に課された制限の数々によってあなたの自覚できないところに閉じ込められている。

本来、私たちは神の似姿として作られた「愛にあふれる存在」であるはずです。
私は自分で言うのも変かもしれませんが、自分が愛にあふれた存在であるとは、まるっきり思えません。
念仏のように毎日それを唱えてみても、やっぱり自分が愛にあふれているとは確信できない状態です。
その理由が上記の「制限がありすぎる、閉じ込められている」からなのです。

ちょっと前のレッスンから神の声に耳を傾けるように指図があります。

そして、静かにして、神の答えを待とう。これまで私たちは神の救済計画とは何なのかを聞くために待つこともせず、それを攻撃してきた。あまりにも大きな声で不満を叫んできたために、神の声に耳を傾けることがなかった。自分の目を閉じ、耳を塞ぐために、私たちは不満を用いてきた。

私の中からたくさんの不満が常時湧き出てくる理由がここにあります。
不満でみたせば、神の声が聞こえないから。
それは結果的に、私が救済されないことにつながり、自我が生きながらえることにつながります。

そうねぇ~
精霊・ハイヤーセルフになんでも聞くといい、みたいなことも言われますが、
それをずっと面倒くさがって、私はやってきませんでした。
と、同時に、自我が「聞くことを忘れるように」、不満をありとあらゆる場所にみつけるように仕向けていたのでした。
なんだか今日、ちょっと泣けた分だけ、理解できたことがあるような気がします。

同時に奇跡のコース テキストは、世間から隔離されたインドの山奥で生まれたわけではなく、ニューヨークという大きな都市で普通に働いている人を書き手に選んだ、という理由が分かります。
自分のレッスンをこなすためには、出来事が(しかも自分にとってイヤな出来事)起こらなければならないからです。

こんなしょうがない私のために、寄り添って、私の歩みを見守ってくれる家族に感謝です。
今日のレッスンも含めて、いつもありがとう。
いつか常時愛にあふれる人になったところを、早く家族に会わせてあげたいです。
(しかし道は遠そう。ごめんね☆)

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