奇跡講座のワークブック。の65番目

今日は、「奇跡講座ワークブック 」は65。(リンク先は大内先生翻訳のナチュスピ版です☆)
2月に40番台やってて、4月になった今でも60番台ですよ~(笑)
復習の51-60が全然進まなかったのが原因です。
今回は2ターン目なので、進み具合は気にせず、気の済むまで一つのレッスンに日にちをかけてます。

1ターン目ではすらーっと流していたこのあたりですが、奇跡講座の概念をちょっと理解した(つもり)今では、「早期からずいぶんと深いところ突いてくるんだな・・・」という感想。
(奇跡講座の概念を分かりやすく説明してくれているのは、奇跡講座入門―講話とQ&Aもしくは神の使者が最適かと思います)

私たちは自分の人生について、こうなればいいな的なゴールを沢山設定していますが、それは

この考えに反映されているゴールが、私が自分の唯一の機能(はたらき)を受け入れるのを妨げている。

ということなのです。
つまり、肉体の目でこの世界を見ることにより、それをリアルだと実感してしまい、真のリアルを受け入れることを遅らせてしまう。
自我にとってのこの世界の存在目的は、その「肉体の目を使ってリアルさを実感してもらうこと」。

奇跡講座は、この世界での表面的な成功はまったく気にしていません。
成功してもいいけど、そのリアルでない世界にとらわれない。
もちろん、成功しなくても、そのリアルでない世界にとらわれてはいけません。
成功する/しない、自己実現する/しないは奇跡講座には関係ありません。
あくまでも「内なる心の平和」が奇跡講座におけるゴールです。

奇跡講座で言う、私たちの唯一の機能とは、赦すということ。
赦す方法は、大きな愛に基づいて赦すというものではなく(「私は愛にあふれているので赦します」みたいなー)、
すべては幻想の世界で、私には裁く対象がないから赦します、
これは私の罪悪感が外部投影されて出てきたものなので、相手にはまったく罪はありませんから赦します、
みたいなカンジです。
(まだ私にもうまく説明することができません、ごめんなさい。)

でも、どうやっても、うまく赦せないことがあります。
何回も「こりゃ幻想なんだからさー」「私の罪悪感が表面化しただけだから、相手は無実」なんて思っても、どうしても、どうしても、赦せない。
なんで私が悪いのさ?なんで私がこんな目にあうのさ?(あんたのせいでしょ?)
みたいに思うとき・・・
とっても役立つ話がありました!

JACIM(ジェイシム・奇跡講座学習支援公式サイト)のQ&AのNo.42。
【質問】No.42 聖霊に助けを求めても鎮まらない怒りについて

なるほどなー、と思えました。

奇跡講座ワークブック 」は、この60番台から続ける人、続けない人を分けていく気がします。
奇跡講座の教えはシンプルだけど、それは実行することが容易であるということではない。
・・・という所以です。

奇跡講座は、時間というものも幻想として私たちが作り上げたものとしているので、カレンダーの話などは殆どできませんが、イースターは記しがあります。
奇跡のコース 第1巻/テキスト ―A COURSE IN MIRACLES Vol.1/TEXT―」内の第20章Ⅰ~Ⅲあたりです。
兄弟を違った目で見て、百合の花をおだやかなまなざしで差し出せる人になりたいもんです。

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